世界が日本経済をうらやむ日 浜田

本書は、著者がアベノミクスの立案に関与した立場から、自らの経済政策を肯定的に説明する内容となっている。経済学の基本理論を踏まえつつ、アベノミクス各施策の効果とその理論的裏付けについて整理されている点が特徴である。


他の読者の意見を読んで感じたこと
まず当然ながら、本を読まずに批判するのは論外である。
一方で、本書に賛同する読者についても、記述内容を無批判に受け入れすぎている傾向が見受けられた。

反対意見に関しては、例えば「景気が回復したのか否か」という議論において、何をもって景気の良し悪しを判断するのかが曖昧なまま議論されているケースが多い。雇用統計、消費者物価指数、実質賃金、企業収益と、指標がばらばらに持ち出されるため、議論が収束しない印象を受ける。

アベノミクスは明確に「インフレターゲット2%」を掲げた政策でもあるため、この達成度をひとつの判断軸とすることは有効である。ただし、アベノミクスは金融政策(第一の矢)だけでなく、財政政策・成長戦略(第二・第三の矢)も含む包括的な経済政策パッケージであり、政策全体の成否を評価する際には名目GDP成長率、雇用者数、企業収益などの複数指標を総合的に検討する必要があると考える。

また、インフレターゲット未達の要因について本書では原油安の影響が指摘されているが、それだけで説明するのは不十分である。原油安によるCPI下押しは確かに存在したものの、同時に、賃金上昇の鈍さや消費税増税による消費抑制、企業側の価格転嫁力不足といった複合的な要因も大きく影響していた。こうした背景を考慮しないと、物価動向の正確な分析は難しい。

さらに、本書のデータ提示に関しても、使用する統計や計算根拠をより明確に示してほしかった部分がある。都合の良いグラフだけを提示しているという印象を与えないためにも、数値の出典や前提条件をより丁寧に示すべきだと感じた。


経済学における議論の進め方への違和感
そもそも経済学の議論では、どの期間を区切り、どの変数を、どのようなモデルで分析するかを明示することが基本である。学術界における実証研究ではこうした前提整理がなされているが、一般的な世論や政治的議論ではこれが曖昧なまま議論が進むことが多い。

アベノミクスの効果を語る際も、短期的効果と長期的効果、アベノミクス導入前のトレンドと導入後の変化をきちんと切り分けた上で、議論を進めるべきだと強く感じる。

特に波及効果(スピルオーバー効果)については、マインド(消費者心理)といった数値化しにくい要素が介在するため、議論が不安定になりやすい。こうした心理的要素を前提とする経済モデルに対しては、慎重な姿勢が必要である。

ホモ・エコノミクスへの根本的な懐疑
個人的には、経済の波及効果において「合理的経済人(ホモ・エコノミクス)」を前提とする議論に強い違和感を覚える。
センが『合理的な愚か者』で指摘した通り、人間の行動は必ずしも完全に合理的ではない。

たとえば、宝くじ購入やギャンブルといった行動は、期待値が大きくマイナスであるにもかかわらず人々が積極的に参加するという、合理性だけでは説明できない現象である。このような非合理的行動を排除して経済を論じることには、理論上の危うさを感じる。

したがって、今後の経済学においては、行動経済学の発展、すなわち人間の非合理的側面を踏まえた実証的アプローチに期待したいと考えている。